気ままな読書ノート

日本の小説を中心に読んだ本の感想を書いています。時々IT関連本や本の自炊の話題も。最近は自炊した書籍をiPhoneで再読することも多いです。

辛酸―田中正造と足尾鉱毒事件

明治時代後半に実際にあった栃木県の足尾銅山公害事件を取り上げた作品。
現在は渡良瀬遊水地になった栃木県下都賀郡谷中村の人々が理不尽な立ち退きを命じられ、それに抵抗する村人たちとそれを支援した田中正造の凄まじい生き様を描いています。
それにしても、僕が生まれ育った街のすぐ近くで、そして日本でこのような事件があったことを思うとやりきれなくなります。「国はいったい何のためにあるのか?」「なぜ組織は優しいはずの人格を変えてしまうのか」ということを考えずにはいられません。
本書のタイトル「辛酸」は、田中正造が好んで使ったという「辛酸入佳境」という言葉からとったものだそうですが、結局彼らには「佳境」はありませんでした。フィクションではないため、希望の明かりすら見えずに物語りは終わります。
しかし、田中正造やその後継者である宗三郎の生き様は、深く胸を打ちます。彼らの生き方にはまったくぶれありません。どうして其処までできるのか、どうして絶望することなく強く生きられるのか。上手く表現できませんが、生きる上での「哲学」「信念」「芯」というものを持つかどうかが、その分かれ目なのかなと感じます。
ここまで徹底的に無私を貫いた田中正造という人が、道半ばにして逝ってしまったことは、本当に残念なことです。
蛇足ですが、第2の主人公である「宗三郎」という名が父と同じだったために、余計に感情移入してしまい、何度となく目頭が熱くなってしまいました。